カスハラ対策はなぜ必要か|社内の役割分担と現場対応の基本

カスハラ対策はなぜ必要なのか
カスハラは接客上の不快な出来事ではなく、就業環境の問題である
カスハラ対策が義務化される根拠法令をご存じでしょうか。
その根拠となるのは、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律、いわゆる労働施策総合推進法です。かなり長い法律名ですが、この法律自体が、労働者の雇用の安定や職業生活の充実を目的に含んでいます。2025年6月11日に公布された改正により、カスタマーハラスメント対策は事業主の義務となり、施行は2026年10月1日です。
実際に厚生労働省は、カスタマーハラスメント及び求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策が事業主の義務になることを案内しており、関連する防止指針も2026年2月26日に告示されています。つまり、カスハラは単なる接客トラブルではなく、労働者の就業環境を守るための法的な課題として位置づけられているということです。
ですから、カスハラを「ちょっと嫌なお客様がいた」という程度の話として扱うのは適切ではありません。
まず大前提として、従業員保護の問題であることを理解しておく必要があります。
放置すると、現場の疲弊・離職・通常業務への支障につながる
カスハラを放置しておくと、従業員が萎縮する、対応が属人化する、他の顧客対応が止まる、離職やメンタル不調のリスクが高まるなど、雇用を維持するうえでも通常業務の遂行という意味でも大きな支障につながります。厚生労働省の説明資料でも、カスハラは労働者の就業環境を害するものとして扱われています。
つまり、これは対外的な問題だけではありません。
対内的にも、組織の維持、現場の安定、雇用の継続に関わる問題です。
この点を外してしまうと、会社としての対策はどうしても薄くなります。
会社にとっても、危機管理と組織防衛の問題である
また、カスハラは接客の問題に見えて、実際は組織運営の問題でもあります。
組織の体制が整っていれば、現場での対応にもそれほど苦慮しません。逆に、体制が曖昧だと、同じような事案でも担当者ごとに対応がばらつき、現場に負担が集中します。
この意味で、カスハラ対策は企業の自己防衛でもあると言えます。
「従業員を守ること」と「会社を守ること」は、実務ではかなり重なっています。
カスハラ全体の定義や、正当なクレームとの違いを先に整理したい方は、
「カスハラとは何か|正当なクレームとの違いと判断のポイント」
を先にご覧ください。
カスハラ対策を現場任せにしてはいけない理由
現場だけでは線引きが難しい
お客様の要望が正当な苦情なのか、カスハラなのか、さらに法令違反に近いのか。
これらをその場で一人に判断させるのは、負担が重すぎます。
特に、現場では目の前のお客様を前にしているため、どうしても「まず収めなければ」という発想になりやすいです。
しかし、その結果として、本来は組織で引き受けるべき判断まで現場に押しつけてしまうと、従業員保護の観点でも問題が生じます。
対応がばらつくと、会社の正当性も失いやすい
例えば、担当者によって対応が違うと、例外対応が当たり前になっていきます。
その結果、顧客とのやり取りが不安定になり、いざという時に会社として説明しにくくなります。
説明責任が求められる場面で説明ができない状態になると、会社としてはかなり厳しい状況に置かれます。
現場でその場しのぎの対応を積み重ねることは、後から見たときに、会社の正当性を崩すことにもつながります。
現場任せは、従業員保護の観点からも危険である
一人対応が当たり前になっている、従業員が単独で抱え込む、やり取りの記録が残らない、上司に共有できていない。
こうした状態は、後に会社にとって大きなリスクを招きやすくなります。
特にカスハラは、最初は軽く見えても、途中から反復・威圧・拘束・有形力に発展することがあります。
ですので、現場で止めるべきところを止められる体制が必要です。
会社の中で誰が何を担うのか
現場担当者の役割
現場担当者は、まず通常のお客様対応を行います。
そのうえで、お客様の言動の内容と態様を観察しておきます。危険があれば無理をせず、上司等に報告します。
まずは、どのような状況なのかを客観的に報告できるようにしておくことが重要です。
無理にその場で具体的な措置まで決める必要はありません。
現場担当者に求められるのは、判断の入口を押さえることです。
管理職・責任者の役割
管理職や責任者は、現場からの報告を受けて判断します。
場合によっては担当交代を行い、複数対応を原則とした指示を出します。
また、退去要求、終話、上席判断の基準を持ったうえで判断を行い、必要に応じて本部・管理部門につなぎます。
現場にとって重要なのは、「ここから先は上司が判断する」という切替点が明確であることです。
その切替点が曖昧だと、現場はいつまでも抱え込むことになります。
本部・管理部門の役割
ここでは、現場対応というよりも、対応の根幹となるものを作っていきます。
方針を作る、マニュアルや基準を整えることが役割となります。
また、発生した事案に関しては、記録を集約し、再発防止や外部連携を担います。
つまり、本部・管理部門は、単発の対応をする場所というより、会社としての再現性ある仕組みを作る場所です。
必要に応じた外部専門家の役割
- 弁護士
- 警察
- 社労士
- 産業医や保健スタッフ
会社だけで抱えきれない場合の連携先を決めておくことが必要です。
厚生労働省も、相談窓口の設置、管理監督者との連携、法務部門や弁護士との連携、警察通報などを対処の内容として示しています。
現場で最低限決めておきたい対応フロー
まず何を見て、どこで報告するのか
- 内容の問題か
- 態様の問題か
- 危険があるか
- どの段階で上司に上げるのか
現場では、このあたりを判断する力が求められます。
ただし、これは「現場だけで最終判断しろ」という意味ではありません。
あくまで、通常対応でよいのか、組織判断に上げるべきかを見極めるための視点です。
どこで「通常対応」から「カスハラ対応」に切り替えるのか
- 同じ要求の反復
- 暴言や威圧
- 居座りや長時間拘束
- 身体的危険
これらの行為が明確になると、通常のお客様対応の範囲を超え、カスハラ対応に切り替えるべき場面になります。
会社ごとに、現場で起こり得る事象を想定したうえで基準を明確にし、社内で共有しておく必要があります。
カスハラ対応に切り替えることで、以後は組織対応が必要になってきます。
通常対応からカスハラ対応に切り替える際の具体的対応方法
- 通常対応段階
まずは説明し、必要な謝罪や事実確認を行う - 切替の予兆が出た段階
同じ要求の反復、暴言、威圧、長時間拘束が出たら、担当者一人で抱え込まず、上司へ報告する - カスハラ対応段階
複数対応に切り替える、対応記録を開始する、会社としての最終回答を明確にする - 終了判断段階
「これ以上の対応はできません」「本件に対する当社回答は以上です」と明確に伝える - その後も継続する場合
退去要求、終話、上席判断、本部連携へ進む
つまり、切り替えとは単に気持ちの問題ではなく、対応の方法そのものを変えることです。
例えば、通常対応からカスハラ対応に切り替える際には、現場で次のような声掛けが考えられます。
「ご意見は承りましたが、同じご要求が続いておりますので、ここからは責任者が対応いたします。」
「これ以上同様のやり取りが続く場合は、通常対応ではなく、会社としての対応に切り替えます。」
「大声や威圧的な言動が続く場合は、対応を継続できません。」
このように、何が問題で、どう切り替えるのかを言葉で示すことが重要です。切り替えとは、単に現場の気持ちを変えることではなく、対応方法そのものを変えることです。そのため、切替の場面で使う言葉まで決めておく方が、現場は迷いません。
実際にどのような言動がカスハラや危機対応に当たるのかについては、ケースごとに整理した次の記事も参考になります。
「カスハラ【ケース判断編①】暴言・侮辱・威圧はどこから許されなくなるのか」
「カスハラ【ケース判断編②】繰り返し要求・居座り・長時間拘束をどう判断するか」
「カスハラ【ケース判断編③】身体的な攻撃や有形力に近い行為はどこから危機対応になるのか」
どこで「危機対応」に切り替えるのか
- 身体接触
- 退路妨害
- 物を投げる
- つばを吐く
これらの行動は有形力の行使に近く、または有形力そのものに当たる場面ですので、警察や本部連携が必要な場面をあらかじめ決めておくとよいでしょう。
これらの行為が認められると、従業員保護のためにも、基本的には警察に通報又は相談すべきレベルになります。厚生労働省も、暴行、傷害、脅迫等の犯罪に該当し得る言動については、警察への通報を対処例として示しています。
現場で特に重要なのは「記録」と「複数対応」である
記録がなければ後で判断できない
- いつ
- どこで
- 誰が
- 何を言ったか
- 何をしたか
- どれくらい続いたか
これらを社内の様式に従い記録しておくことが必要です。
できれば、複数での対応の場合、協力して報告書を作成するのもよいですが、それぞれが見聞きした内容は、誰が見聞きしたのかが分かるように記録しておきましょう。
録音・録画・目撃者の確保が重要になる
- 防犯カメラ
- 通話記録
- メール
- SNS投稿
- 目撃者
普段から防犯カメラの位置などはチェックしておきましょう。
可能であれば、対応は防犯カメラが写っている位置で行うなど、冷静に証拠化できるように行動したいところです。
証拠の収集は、後の事実確認や再発防止に活きます。
カスハラ対応では、後から振り返れるように事実を残すことが重要です。
記録や証拠の見方については、
「社内調査を「失敗」させないための全手順|元刑事が教える、証拠を逃さず事実を固める実務の流れ」
も参考になります。
可能な限り一人で対応させない
- 現場担当者保護
- 記録の正確性の担保
- 後の説明可能性
これらのために、一人での対応は避けるべきです。
厚生労働省も、可能な限り一人で対応させないこと、録音・録画、管理監督者への報告などを対処例として示しています。
会社としてあらかじめ決めておくべき基準
どこで最終回答とするか
- 何度まで説明するか
- どの段階で「これ以上の対応はできない」とするか
これらの回答終了のルールを決めておきましょう。
それでも退去しない、同じ要求を繰り返す等であれば、別途対応ということになります。
現場で最も疲弊しやすいのは、この「いつ終わらせるか」が曖昧なときです。
どこで退去要求・終話・担当交代を行うか
- 店舗
- 電話
- 窓口
それぞれのケースで基準を決めておくとよいでしょう。
基本的には、店舗でも電話でも対応のフローに大きな変更はないと思います。
しかし、店舗の場合はその場に上司が不在で、電話の場合は本社につながり上司対応が可能である場合などがあります。
ですので、会社ごとに配置等を考えて、フローや基準を考えておく必要があります。
どこで警察や外部専門家に相談するか
- 身体的危険がある場合
- 犯罪に該当し得る場合
上記に該当する場合は、警察に連絡すべきです。
暴力など有形力の行使があった場合は、なおさらです。
この場合でも、110番通報をするのか、警察署に連絡するのか、といったフローを決めておくとよいでしょう。
私の意見で言えば、切迫性がある場面では110番通報すべきです。
というのも、現場近くの警察官が駆けつけてくれるからです。
また、そこまでの切迫性がないにしても、事後対応を要する場合には専門家に相談すべきです。
カスハラ対策は「毅然対応」と「真摯対応」の両立である
最初から対立姿勢で入るべきではない
- まずは説明
- 謝罪が必要なら謝罪
- 通常のお客様対応を尽くす
まずはこの3点が重要であるということを認識していただきたいです。
お客様あってこそ事業は成り立っています。
ですので、説明責任を果たし、こちらに落ち度がある場合は謝罪するということは当然です。
お客様対応を尽くしていただきたいと思います。
一線を越えたら線を引かなければならない
- 暴言
- 威圧
- 反復継続
- 居座り
- 身体的危険
ただし、これらの行為が行われた場合には、異なる対応を取らざるを得ないということです。
ここで線を引けるかが、会社の力量になります。
「真摯なお客様対応 → カスハラ対応 → 危機対応」
この順番を全社員で共有しましょう。
そのことが、現場の混乱を防ぎますし、従業員が安心して仕事ができるようになります。
また、対応を行った際の会社の正当性も担保しやすくなります。
会社ですから、社内外に正当性が説明できるような対応が必要となります。
まとめ|カスハラ対策は、現場判断ではなく会社の仕組みで支える
この記事のまとめ
- カスハラ対策は、従業員保護と業務継続のために必要である
- 現場任せでは限界がある
- 役割分担、対応フロー、記録、複数対応が重要である
- 真摯対応と毅然対応の両立が必要である
特に重要なのは、通常対応からカスハラ対応へどう切り替えるかを、会社として決めておくことです。
ここが曖昧だと、現場は抱え込み、組織は後手に回ります。
ここまで、カスハラの定義、判断基準、ケースごとの見極め、社内の役割分担と現場対応の基本を整理してきました。
カスハラ対策は、単発の接客トラブル対応ではなく、会社としての仕組みづくりの問題です。
まずは本シリーズを土台として、自社の判断基準や対応フローの整備につなげていただければと思います。
カスハラ対策に不安がある場合
カスハラ対応では、現場で何を断り、どこまで説明し、どの段階で上席判断に切り替えるかを、あらかじめ決めておくことが重要です。
シールド社会保険労務士事務所では、カスハラを含む不祥事・危機対応について、初動対応の整理や社内フロー整備を支援しています。
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