ハラスメント調査で「供述が食い違う」時の解決策|元刑事が教える、嘘を見抜き真実を導くヒアリング術

「ハラスメントの訴えがあった。すぐに被害者の話を前提に処分すべきか。」
この瞬間、経営者や管理職は強い緊張状態に置かれます。
被害者を守らなければならないという責任と、拙速な判断をしてはならないという法的リスク。
その間で揺れることになります。
しかし、ここで最も危険なのは“焦り”です。
延べ20年にわたり刑事として事情聴取・取り調べに携わり、その後も企業不祥事の現場でヒアリングを行ってきた経験から申し上げます。
人は、必ずしも最初から、ありのままを語るとは限りません。
それは悪意とは限らず、恐怖、自己防衛、混乱、記憶の再構成といった自然な心理作用によるものです。
ハラスメント調査における事実認定とは、「どちらを信じるか」を決める作業ではありません。
客観的に確認できる事実を積み上げ、合理的に説明できる結論を導く作業です。
本稿では、供述評価の実務ポイントを具体的に整理します。
なぜ供述は食い違うのか
供述対立は珍しいことではありません。
被害者側には、
・報復への恐怖
・職場での立場悪化への不安
・周囲からの評価への懸念
・混乱による記憶の揺らぎ
が存在します。
一方、行為者側にも、
・懲戒への恐怖
・評価低下への不安
・自己正当化
・問題の矮小化
という心理が働きます。
刑事の現場でも、「完全な虚偽」よりも「一部を隠す」「都合のよい解釈をする」ケースの方が圧倒的に多い。
企業のハラスメント調査でも同様です。
したがって、供述の不一致それ自体は異常ではありません。
問題は、その評価方法です。
供述評価の基本原則
① 供述単体で結論を出さない
供述は人的証拠の一つに過ぎません。
必ず物的証拠や客観資料と照合します。
メール、チャット履歴、勤怠記録、録音、第三者証言など、可能な限り裏付けを取ります。
② 時系列で整理する
抽象的な主張ではなく、
・いつ
・どこで
・誰が
・どのような言葉を使ったか
・その後どう行動したか
まで具体化します。
曖昧なまま比較すると、印象判断に流れます。
③ 整合性を軸に評価する
評価基準は好感度ではありません。
・内容の一貫性
・客観資料との一致
・説明の具体性
・不自然な変遷の有無
これらを確認します。
供述が真っ向から対立した場合の実務フロー
実務では、次の流れが有効です。
1. 詳細なヒアリング記録を作成する
要約ではなく、可能な限り具体的な表現を残します。
「怒鳴った」ではなく、「『役立たず』と言った」といった具体性が重要です。
ここで注意すべきは表現を残すことは大切ですが、具体的な供述が得られるようにヒアリングをしてください。
決して記録を装飾してはいけません。
2. 双方の供述を対照表にする
出来事を時系列で並べ、どの部分が一致し、どこが対立しているのかを明確にします。
現場でのそれぞれの位置関係なども図を書いてもらうことも一つの方法です。
例えばですが、着席してした位置などです。
3. 客観証拠を突き合わせる
メール送信時刻、入退室記録、チャット履歴などは、供述の信用性評価に大きな意味を持ちます。
例えば、「その時間に会議室で二人きりだった」という供述があっても、入退室記録で別の人物がいたことが確認されれば、評価は変わります。
4. 矛盾点を再ヒアリングする
再ヒアリングでは、
「その発言の正確な言葉は何でしたか」
「その場に他に誰がいましたか」
「その直後にどのような行動を取りましたか」
といった具体的質問を行います。
抽象的な質問では、供述の精度は上がりません。
5. 判断理由を文書化する
最終結論だけでなく、
・どの証拠を重視したか
・どの供述を信用したか
・なぜそのように判断したか
を記録します。
この文書化こそが、後日の紛争予防になります。
態度や印象で判断してはいけない理由
ヒアリングでは、
・視線が合わない
・強い怒りを示す
・過度に詳細に語る
といった様子が見られることがあります。
しかし、これらは緊張やストレス反応の可能性もあります。
態度のみで虚偽と判断することは危険です。
態度は補助的要素にとどめるべきです。
拙速な判断が招くリスク
供述評価を十分に行わず処分を行えば、
・懲戒無効
・解雇無効
・損害賠償請求
・労働審判
に発展する可能性があります。
さらに、社内では
「会社は十分な調査をしない」
という不信感が広がります。
調査の公正さは、組織の統治力そのものです。
参謀視点で見る事実認定
事実認定は単なる事実確認ではありません。
それは、
・組織の判断力の証明
・公正手続の実践
・被害者保護と適正手続の両立
です。
感情に流されず、証拠に基づき、冷静に進める。
それが経営判断としてのハラスメント対応です。
事実認定の枠組み全体については、
「ハラスメント発覚後の初動対応|判断と事実認定の原則」で整理しています。
まとめ
ハラスメント調査において重要なのは、
・供述を鵜呑みにしない
・決めつけない
・客観証拠と照合する
・時系列で整理する
・判断過程を記録する
ことです。
被害者を疑うためではありません。
被害者を守るためにこそ、精度の高い事実認定が必要です。
供述評価は初動設計の一部にすぎません。
初動対応全体の流れについては、「ハラスメント発覚後の初動対応|判断と事実認定の原則」をご参照ください。



