元刑事の眼で見る「経営者がハラスメント対応で誤る瞬間」:感情を排除し、事実を積み上げる技術

はじめに:なぜ経営者の判断は「現場」を混乱させるのか
刑事の勘と経営者の勘の違い
刑事をはじめとした警察官の仕事は、残念ながら「疑うこと」から始まります。
職業病と言えるかもしれませんが、何か心に引っ掛かることがあれば「最悪の事態(事件)」を想定し、動かぬ証拠を探しにいきます。
一方で、多くの経営者は
「うちに限ってそんなことはない」
「大げさに言っているだけだろう」
と物事をポジティブに捉える傾向があります。
経営者にとって前向きさは美徳ですが、ことハラスメント対応においては、そのポジティブさが「初動の遅れ」という致命的なミスを招きます。
ハラスメント対応は事実に基づく「捜査」である
ハラスメント案件は、いわば「社内で起こった事件」です。
一般社会で事件が起きれば、警察が捜査し、検察が起訴し、裁判所が判決を下します。
会社も同じです。
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相談窓口 = 警察(届出)
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事実調査 = 捜査
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就業規則 = 刑法・刑事訴訟法
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懲罰委員会 = 検察・裁判所
このように、社内でも「法的手続き」に準じた厳格なプロセスが求められるのです。
この一連の「適正手続き」を飛ばして、経営者の勘や感情で幕引きを図ることは、組織の規律を根底から壊す行為なのです。
この問題は単発の事象ではなく、組織構造や経営判断と密接に関係しています。
危機管理全体の考え方については、
親記事「経営者の「甘い判断」が不祥事の火種に|元刑事が教える、組織崩壊を招く「小さな例外」の正体」で整理しています。
【局面1】「関係性」を証拠より優先してしまう初期対応
「あいつがそんなことするはずがない」という身内びいきのバイアス
刑事の経験から言わせていただければ、100人の「あの人は良い人だ」という証言より、1つの客観的証拠の方が圧倒的に勝ります。
普段から協力的な従業員を信じたくなる気持ちはわかりますが、「良い人」という評価は単なるイメージであり、事案そのものの証拠ではありません。
調査の本質は、その人の性格を測ることではなく「その事案が実際に起こったか」という事実の収集にあるのです。
優秀な従業員(稼ぎ頭)への甘い現状分析
功績のある従業員が不祥事を起こした際、経営者は「彼がいなくなると損失が大きい」と躊躇しがちです。
しかし、功績と不祥事は「別件」です。
刑事事件で言えば、どんなに寄付活動をしている資産家でも、罪を犯せば逮捕されるのと同じです。
ここで特別扱いをすれば、被害者の不信感は爆発し、さらなる二次被害や組織崩壊へと発展します。
【局面2】「供述」の真偽を見極める力の不足
被害者・加害者双方の言い分を「足して2で割る」妥協
双方の言い分が食い違うとき、中間点で手を打とうとするのは最悪の判断です。
例えば、2万円盗んだと訴える被害者と、1万円しか盗んでいないと主張する加害者がいたとします。
ここで会社が「間をとって1.5万円で手を打とう」と判断してはいけません。
これは事実を究明せず、問題を先送りにしているだけです。
安易な和解勧告は「冤罪」や「被害者の泣き寝入り」を生み、組織への信頼を失墜させます。
誘導尋問に近い「ヒアリング」が事実を歪める
「君も悪かったんじゃないか?」といった誘導尋問は厳禁です。
相手に「結論が決まっている」と悟られた瞬間、心は閉ざされ、真実は闇の中へ消えます。
後に法廷闘争となった際、こうした不適切なヒアリングは「強要された供述」として会社側に不利な証拠となります。
【局面3】「証拠」の重要性を軽視し、感情で幕引きを図る
デジタルデータやログよりも「周囲の噂」を信じる危うさ
客観的証拠(メール、ログ、録音)を積み上げる
「裏付け捜査」を徹底してください。
「あの人は評判が悪いからやったに違いない」
という噂だけで処分を下すのは極めて危険です。
もし証拠が皆無であれば、
どんなに疑わしくても「処分なし(口頭注意程度)」
に留める勇気も必要です。
密室での出来事を「目撃者がいないから」と放置しない
「密室だから証拠がない」と諦めるのは早計です。
刑事捜査では、直接的な物証がなくても
以下の「状況証拠」を積み重ねて事実を浮き彫りにします。
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指定された時間に2人がその場所にいた事実(入退室記録等)
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被害者の具体的かつ一貫した供述
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事案前後の当事者同士のやり取り(SNSやメール)
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直後の第三者から見た被害者の様子(震えていた、泣いていた等)
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行為前後の被害者の心身の変化
これらを外堀から埋めた上で、最後に行為者へヒアリングを行い、説明の矛盾を突く。
これがプロの「捜査」です。
【局面4】処分の決定プロセスにおける「法的手続き」の欠如
弁明の機会を与えない「即決裁判」の危険性
どんなに凶悪な事案であっても、正当な手続きは不可欠です。
激昂して「明日から来なくていい!」と即日解雇するのは、法治国家における「私刑」と同じです。
事実認定を行い、本人に弁明の機会を与え、就業規則に照らす。
このステップを飛ばすと、会社が逆に訴えられ、多額の賠償金を支払う羽目になります。
世論や社内の空気に流された過剰な「見せしめ処分」
「疑わしきは罰せず」は刑事の鉄則です。
社内の空気を鎮めるための「見せしめ」として、罪の重さに見合わない過剰な罰を与えてはいけません。
「罪と罰のバランス(均衡の原則)」を欠いた処分は、後に必ず法的なリスクとなって跳ね返ってきます。
まとめ:経営者に求められるのは「冷徹な捜査員」の視点
経営者に必要なのは、
感情を切り離してコツコツと事実を積み上げる勇気です。
「うちは大丈夫」という根拠のない自信を捨て、ハラスメントが起きた瞬間に「捜査本部長」へと頭を切り替えられるか。
その冷静な初動判断こそが、会社を救う唯一の道なのです。
「うちは大丈夫」という願いを捨て、客観的な「眼」を持つこと。
その初動の冷静さこそが、結果として会社と従業員を守る唯一の道なのです。
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