ハラスメントで「認定できない」と言い切る勇気。元刑事が教える、グレー事案の正しい判断基準

ハラスメントの調査を進めていくと、必ずと言ってよいほど直面する場面があります。
それは、
「ハラスメントと認定できるのか、それとも認定できないのか」
という判断です。
相談を受けた企業としては、できるだけ明確な結論を出したいと考えます。
被害を訴える従業員に対しても、行為を指摘された側に対しても、曖昧な結論は説明しづらいからです。
そのため実務では、次のような声が出ることがあります。
「白黒をはっきりさせるべきではないか」
「認定できないというのは、結局逃げではないか」
しかし実際の職場トラブルでは、証拠や証言が十分にそろうとは限りません。
当事者の主張が食い違い、客観的資料も乏しい。
そのような**いわゆる“グレー事案”**は、決して珍しいものではありません。
問題は、このようなケースで企業がどのように判断を整理するかです。
「認定できない」という結論は、
調査や検討を尽くした結果として導かれる場合もあれば、
十分な整理をしないまま結論だけが出されてしまう場合もあります。
両者は同じ言葉でも、意味がまったく異なります。
本記事では、ハラスメント調査の実務において避けて通れない
「認定できない」という判断の位置づけを整理します。
ハラスメント調査の基本的な流れについては、こちらの記事で整理しています。
→ ハラスメント発覚後の初動対応|判断と事実認定の原則
そして、いわゆるグレー事案に直面したとき、
企業は何を基準に考え、どのように判断を組み立てるべきなのかを解説します。
「白黒をつけること」だけが、適切な対応とは限りません。
むしろ重要なのは、判断の過程をどう整理するかです。
なぜ「認定できない」は問題視されるのか
「白黒をつけること」が正義だという思い込み
経営者・管理職は結論を出す立場
経営者や管理職というのは責任のある立場です。
責任のある立場ということは、判断を下す立場であるとも言えます。
一般的には判断といえば白か黒のことを指します。
グレーでは判断したとはみなされないと思われがちです。
「判断保留」は無責任に見える心理
判断をしない、判断できないというのは、逃げているように捉えられがちです。
判断をすることは、勇気を持って決断したと思われる傾向があるようです。
相談者から見た「認定できない」の意味
否定されたと受け取られる構造
相談する立場からすると、認定してほしいという気持ちがあります。
辛い目に遭われたわけですから、そう思うのは当然です。
しかし、認定できないということは、その気持ちを否定されたように感じるかもしれません。
二次被害につながるリスク
また、認定できないということは、ハラスメントではなかったと捉えられる可能性があります。
その結果、同じような行為、またはそれに近い行為が再び行われる可能性もあります。
しかし企業の判断は刑事裁判ではない
企業内判断と刑事責任の違い
企業内判断は私的判断であり、刑事責任は法に基づき国家が人を裁く公的判断となります。
刑事事件では身体の自由を制限する刑罰を科すことができることから、その判断を行うにあたっては警察などの公権力による捜査が必要になります。
一方、企業内判断は企業の職場環境の維持を目的とするものであり、供述や状況証拠を含めた総合判断によって対応が検討されます。
「合理的根拠に基づく判断」で足りるという原則
このようなことから、企業内判断は合理的根拠に基づく判断で足りるという原則が適用されます。
管理職がハラスメント対応で判断を求められる場面については、こちらの記事でも解説しています。
→ 「ハラスメントが怖くて指導できない」を卒業する|元刑事が教える、正しい指導の境界線と判断基準
刑事事件ではこれだけでは済まされず、さらなる証拠などが求められます。
グレー事案とは何か
事実が曖昧なのか、評価が割れるのか
①事実不明型
事実について具体的な内容が判明しなかった場合が該当します。
5W1Hの一つでもはっきりしない場合なども該当します。
時間が特定できない、場所が特定できない、加害行為自体が特定できないなど、様々です。
②評価分岐型
また、事実自体は特定できたが、その事実を非行行為として評価できるかどうかという場合です。
例えば、上司が部下の肩を叩いたとします。
その行為自体は確認できるものの、激励のために肩を叩いたのか、そうでないのかなど、目撃などがなければ判断が難しい場合があります。
証拠がない=判断不能ではない
状況証拠の積み上げ
状況証拠を積み上げることで、判断ができる場合もあります。
直接的な証拠がなくても、前後の目撃がある場合などが該当します。
時間的・場所的に接着した場面での証拠などがある場合も該当します。
一貫性・具体性・合理性という視点
供述の内容を精査して分析する必要があります。
間接的な目撃証言だけでも、一貫性、具体性、合理性があれば有効な証拠となり得ます。
供述の信用性をどのように評価するかについては、次の記事で詳しく解説しています。
→ ハラスメント調査で判断を誤らないための事実認定|供述評価の実務ポイント
「違法」と「不適切」は同じではない
法的違法性
法律に違反していれば違法となります。
しかし、法律に違反していなくても処分を課すことができる場合があります。
就業環境配慮義務との関係
ハラスメントと法的に認定できない場合でも、企業の責任がなくなるわけではありません。
事業主には、職場環境を害する言動を防止する義務(就業環境配慮義務)があります。
そのため、違法性の有無とは別に、職場環境を守る観点から必要な対応を検討することが求められます。
組織運営上の妥当性
ハラスメントと法的に認定できない場合でも、企業が何もできないわけではありません。
企業は組織を適切に運営する責任を負っており、職場環境を悪化させる言動については、組織運営上の妥当性という観点から対応を検討することが求められます。
つまり、違法性の判断と組織運営上の判断は必ずしも一致するとは限りません。
「認定できない」判断の正しい使い方
認定できない=何もしない、ではない
ハラスメント調査では、事実認定と措置を分けて考えることが重要です。
調査の結果、ハラスメントと認定できない場合でも、職場環境の観点から必要な対応を検討することがあります。

ハラスメント調査では、
「事実認定」「ハラスメント該当性」「組織としての措置」
という三つの段階で判断が整理されます。
事実認定と措置は分けて考える
ハラスメント調査では、事実認定と措置を分けて考えることが重要です。
調査の結果、ハラスメントと認定できない場合でも、職場環境の観点から必要な対応を取ることは可能です。
事実認定は調査の結論であり、措置は組織運営の判断です。
ここでいう措置とは、必ずしも行為者への措置を意味するものではありません。
事実認定ができない以上、個人への処分を中心とした措置は好ましくありません。
ただし、
・管理職への指導方法の見直し
・ハラスメント研修
・部署体制の見直し
・相談体制の強化
といったものは、認定の有無に関わらず実施できる組織的措置です。
再発防止措置の合理性
組織的措置とは、再発防止措置が中心となります。
この措置が合理的であれば、特に問題はありません。
説明責任をどう果たすか
- 被害申告者への説明
- 行為者への説明
- 組織への説明
いずれの説明も、調査をし尽くしたことが前提となります。
どこまで調査を行ったのか。
会社が行う限界まで調査をしたのであれば、警察などの公的機関への協力・相談を検討したのか。
会社として尽力したが、警察などの公的機関への協力は得られなかったのか。
そこまで調査を尽くし、関係者に説明を果たすことが必要であると思います。
記録を残すという最大の防御
調査経緯
調査の日時、相手、内容などを記録化しておくことです。
判断理由
調査経緯を記録しておくと、判断する際に調査の漏れがあるかどうかを確認することができます。
調査に漏れがないかを確認した上で、判断を行う必要があります。
措置の相当性
措置が被害者、行為者にとって相当性があったのか。
事実認定ができない場合でも、組織的措置を行う場合には、職場全体を見渡した最適な措置が求められます。
判断を避けることこそが最大のリスク
「グレーだから動かない」組織の末路
グレーだという判断をすることはできます。
では何がリスクなのか。
それは、何も判断をしないことです。
これは行為者、被害者、関係者から見ても信用を失う恐れがあります。
経営判断としてのグレー処理
懲戒相当でなくても指導は可能
犯人扱いすることと指導は別です。
犯人扱いしなくても、疑わしい行為をしないよう指導することはできます。
グレーだからといって、行為者に対して何もできないわけではありません。
環境調整という選択肢
再発防止のために人の配置や体制を見直すことは、選択肢に入れるべきだと思います。
結論:「認定できない」は逃げではない
逃げになる場合
・調査不足
・記録不足
・説明不足
調査、記録、説明を徹底すること。
この順番が重要です。
調査を徹底すれば、しっかりとした記録ができます。
しっかりとした記録があれば、十分な説明責任が果たせます。
責任ある判断になる場合
グレーで事実認定ができないと判断したことが「責任ある判断」とみなされる場合とは、
検討過程が明確
判断に至るまでの過程(調査、記録、説明)が充足されていることです。
事実と評価を区別
事実認定はできなかったが、事実と評価を分けて、適正な組織的措置を行ったこと。
措置が合理的
その措置が、全体を考慮した結果、適正で合理的であることです。
ハラスメント対応において求められるのは、「白黒を急ぐ判断」ではなく、判断の過程を整える組織の力なのです。
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