供述が食い違うハラスメント調査|信用性と事実認定の判断方法

「言っていることが違います。」
ハラスメント調査の現場で、よく出てくる言葉です。
申告者は「強い言葉で叱責された」と話している。
相手方は「業務上必要な指導だった」と説明している。
申告者は「周囲にも聞こえていた」と話している。
相手方は「二人だけの会話だった」と説明している。
このように供述が食い違うと、会社は判断に迷います。
「どちらの話を信じればよいのか」
「証拠がない場合は認定できないのか」
「早く結論を出さなければならないのではないか」
「どこまで調査すれば十分なのか」
しかし、ここで最も避けたいのは、供述の強さや印象だけで結論を出してしまうことです。
感情の強い訴えが、必ずしも事実の強さを意味するわけではありません。
落ち着いた否認が、必ずしも真実を示すわけでもありません。
供述が食い違うことは、異常ではありません。
むしろ、ハラスメント調査では前提として考えるべき状況です。
大切なのは、「どちらが正しいか」を直感で決めることではありません。
何をもって認定するのかを、構造で考えることです。
この記事では、ハラスメント調査で供述が食い違うときに、会社がどのように供述を整理し、事実認定につなげるべきかを解説します。
この記事で扱う問題
この記事で扱うのは、次のような場面です。
申告者と相手方の説明が食い違っている。
「言った・言わない」の状態になっている。
相手方が全面的に否定している。
目撃者がいない。
録音や映像がない。
複数の関係者の供述が一致しているが、本人だけが否定している。
供述の一部は一致しているが、重要部分が食い違っている。
認定できるか、認定不能とすべきか判断に迷っている。
このような事案で、会社が避けるべきなのは、印象で判断することです。
「泣いているから本当だろう」
「冷静に話しているから信用できる」
「強く否定しているから違うのだろう」
「普段から問題がある人だから申告内容も大げさだろう」
このような判断は、後から説明しにくくなります。
会社に必要なのは、供述の強さではなく、供述の構造を見ることです。
供述の食い違いは調査の前提として考える
人の記憶は、録画データのようにそのまま残るわけではありません。
時間が経つことで、記憶があいまいになることがあります。
自分に不利な部分を小さく記憶することもあります。
強い感情が残った部分だけが大きく残ることもあります。
見ていた位置や聞こえた範囲によって、記憶が違うこともあります。
そのため、供述が食い違ったからといって、すぐに「どちらかが嘘をついている」と考える必要はありません。
もちろん、虚偽の説明が含まれる場合もあります。
しかし、調査の初期段階では、ズレの理由を決めつけず、どの部分が一致し、どの部分が食い違っているのかを整理することが大切です。
私の感覚では、供述のズレは、調査を止める理由ではありません。
むしろ、どこを確認すべきかを教えてくれる手がかりです。
供述が食い違うときに最初に持つべき視点
強い訴えが必ずしも事実の強さとは限らない
申告者が強い感情で訴えていると、会社は「これは重大な事案だ」と感じます。
もちろん、その訴えを軽く扱ってはいけません。
相談すること自体が、本人にとって大きな負担である場合もあります。
ただし、感情の強さと、認定できる事実の強さは同じではありません。
「とてもつらかった」
「許せない」
「絶対に処分してほしい」
このような訴えがあっても、会社は、具体的に何があったのかを確認する必要があります。
感情を受け止めることと、事実として認定することは分けて考えます。
落ち着いた否認が必ずしも真実とは限らない
一方で、相手方が冷静に否定しているからといって、その説明が真実とは限りません。
事前に説明を準備している場合もあります。
自分に不利な部分を避けて話している場合もあります。
悪いことをしたという認識がない場合もあります。
落ち着いていることは、信用性を判断する一要素にはなり得ます。
しかし、それだけで結論を出すことはできません。
供述の信用性は、態度ではなく、内容、具体性、他の資料との整合性で確認します。
ズレは虚偽とは限らない
供述がズレているからといって、すぐに虚偽と決めつけるべきではありません。
記憶違い。
見ていた位置の違い。
聞こえた範囲の違い。
時間の経過。
感情による記憶の強弱。
自己防衛や正当化。
こうした理由で、供述は変わります。
大切なのは、ズレを見つけたときに、すぐ「嘘だ」と決めることではありません。
なぜズレているのか。
どの点は一致しているのか。
どの点は客観資料で確認できるのか。
そこを確認することです。
ハラスメントに該当するかどうかは、感情的な印象だけで判断するのではなく、業務上の必要性、言動の相当性、職場環境への影響を整理して検討する必要があります。判断軸の全体像は、こちらの記事で整理しています。
→ ハラスメント認定の基本|会社が確認すべき3つの判断軸
よくある判断ミス
先に加害者・被害者を決めてしまう
調査の初期段階で、先に「加害者」「被害者」を決めてしまうと、事実確認が歪みます。
申告者の話は重要です。
ただし、申告があった時点では、会社として確認すべき事実が残っています。
相手方にも説明の機会があります。
初動段階では、「申告者」「相談者」「相手方」「行為者とされた従業員」といった表現を使い、結論を固定しないことが大切です。
印象や態度で信用性を判断する
ヒアリングでは、どうしても相手の態度が気になります。
動揺している。
泣いている。
怒っている。
淡々と話している。
目を合わせない。
説明が細かい。
しかし、態度だけで信用性を判断するのは危険です。
動揺しているから虚偽とは限りません。
冷静だから真実とも限りません。
ヒアリングで見るべきなのは、態度そのものではなく、話の中身です。
いつ、どこで、誰が、何をしたのか。
その説明は前後の経緯とつながるのか。
他の供述や資料と整合するのか。
この視点が必要です。
供述の強さで判断する
強い口調で話す人の説明は、説得力があるように聞こえることがあります。
一方で、感情を出しにくい人の説明は、弱く見えることがあります。
しかし、供述の強さと、事実の強さは同じではありません。
会社が見るべきなのは、声の強さではなく、説明の中身です。
供述の強さではなく、構造を見る。
これは、供述が食い違う事案で特に重要な視点です。
人数の多さだけで判断する
複数の関係者が同じ説明をしている場合、その供述は重要な判断材料になります。
ただし、人数が多いから常に正しいとは限りません。
関係者同士で話を合わせている可能性。
同じ情報を又聞きしている可能性。
同じ立場にいることで見方が偏っている可能性。
こうした点も確認する必要があります。
人数は大切な要素ですが、それだけで決めるのではなく、具体性、独立性、客観資料との整合性を確認します。
判断できないことを恐れて無理に結論を出す
会社は、何らかの結論を出さなければならないと感じます。
しかし、調査を尽くしても、認定できない場合はあります。
そのときに無理に白黒をつけると、会社の判断が不安定になります。
大切なのは、認定できる事実と、認定できない事実を分けることです。
認定できない場合でも、職場環境の調整、管理職への注意喚起、相談体制の見直しなど、できる対応はあります。
供述を整理する3つの視点
一貫性を見る
一貫性とは、供述が時間の流れや前後関係と矛盾していないかを見ることです。
最初の相談内容。
正式なヒアリングでの説明。
追加確認での説明。
周囲に相談していた内容。
メールやチャットに残っている内容。
これらを見比べます。
ただし、細部に違いがあるからといって、すぐ信用できないと考えるべきではありません。
人の記憶には揺れがあります。
重要なのは、中心となる出来事について一貫しているかどうかです。
具体性を見る
具体性とは、供述が事実確認できる形になっているかです。
たとえば、
「いつも威圧的だった」
「パワハラだと思う」
「精神的に追い込まれた」
「嫌がらせを受けた」
これだけでは、事実確認が難しいです。
一方で、
「〇月〇日15時頃、会議室で『使えないな』と言われた」
「1月から週3回、業務連絡を共有されなかった」
「深夜に業務と無関係なメッセージが複数回来た」
このように具体化されると、日時、場所、資料、関係者との照合ができます。
私の言い方でいえば、抽象的な訴えを、確認できる事実にまで下ろすということです。
ここを飛ばすと、認定判断はできません。
合理性を見る
合理性とは、供述の内容が前後の経緯や行動と自然につながっているかを見ることです。
たとえば、
問題となる発言の前に何があったのか。
その後、相談者はどのような行動を取ったのか。
相手方の説明は業務記録と整合しているか。
第三者の供述と矛盾していないか。
メールやチャットの流れと不自然な点はないか。
合理性を見るときは、都合のよい部分だけを拾わないことが大切です。
供述、資料、前後の行動を合わせて、全体として説明が通るかを確認します。
関連記事
→ハラスメント調査で供述が食い違うとき|ヒアリングと事実整理の進め方
会社が確認すべき事項
一致している部分
供述が食い違っていても、すべてが違うとは限りません。
たとえば、
同じ日に面談があったことは一致している。
会議後に二人で話したことは一致している。
注意指導があったことは一致している。
その後、申告者が人事に相談したことは確認できる。
一致している部分は、事実認定の土台になります。
まず一致点を整理すると、事案の全体像が見えやすくなります。
食い違っている部分
次に、食い違っている部分を整理します。
発言の有無。
発言の正確な文言。
声の大きさ。
場所や距離。
同席者の有無。
相手方の反応。
前後の経緯。
「供述が違う」でまとめるのではなく、どの部分が違うのかを細かく分けます。
食い違いを細かく分けることで、追加で確認すべき資料や関係者が見えてきます。
客観資料と照合できる部分
供述だけで判断せず、客観資料と照合します。
メール。
チャット。
勤怠記録。
入退室記録。
会議予定。
業務日報。
録音。
防犯カメラ映像。
通話履歴。
過去の面談記録。
たとえば、相手方が「その時間は営業に出ていた」と説明している場合、車両使用記録、社用スマートフォンの位置情報、訪問記録、勤怠記録などを確認できることがあります。
一点の証拠だけで飛びつかず、周辺資料で外堀を埋める。
この確認が、判断の説明可能性を高めます。
追加確認が必要な部分
供述と資料を照合すると、追加で確認すべき点が出てきます。
発言の正確な内容。
日時や場所のズレ。
同席者の有無。
相談後の行動。
資料との矛盾。
相手方の説明が変わった理由。
再ヒアリングでは、責めるような聞き方ではなく、確認したい点を具体的に示します。
「前回のお話と、このチャットの時刻に違いがあるように見えます。この点について改めて確認させてください」
このように、確認事項を絞って聞くことが大切です。
認定できない部分
調査をしても、認定できない部分が残ることがあります。
発言の正確な文言までは確認できない。
声の大きさについて供述が食い違っている。
目撃者が内容までは聞いていない。
録音や映像がない。
相手方が否定しており、それを覆す資料がない。
認定できない部分を、無理に埋める必要はありません。
「今回の調査では認定できない」と整理することも、会社の判断です。
ただし、その前提として、必要な調査を尽くしていることが重要です。
実務対応の流れ
1. 供述を時系列で整理する
まず、双方の供述を時系列で整理します。
発生前の経緯。
問題となる発言や行為。
その場の状況。
その直後の行動。
その後の相談や連絡。
会社への申告までの流れ。
時系列で並べると、説明の抜けや矛盾が見えやすくなります。
2. 供述対照表を作る
供述が食い違う場合は、供述対照表を作ると有効です。
同じ出来事について、申告者、相手方、目撃者、客観資料を横並びで整理します。
日時。
場所。
発言内容。
同席者。
前後の経緯。
その後の行動。
このように整理すると、一致点、相違点、未確認の点が見えやすくなります。
3. 客観資料と突き合わせる
次に、供述と客観資料を突き合わせます。
供述だけで判断するのではなく、メール、チャット、勤怠記録、入退室記録、会議予定などと照合します。
客観資料が供述を直接裏付けることもあります。
反対に、供述の一部と合わないこともあります。
その場合は、直ちに虚偽と決めつけず、なぜズレが生じているのかを確認します。
4. 必要に応じて再ヒアリングする
供述と資料にズレがある場合は、必要に応じて再ヒアリングを行います。
再ヒアリングでは、抽象的に聞くのではなく、確認したい点を具体的に示します。
「その発言は、正確にはどのような言葉でしたか」
「その場には誰がいましたか」
「その後、誰かに相談しましたか」
「このチャットの前に、どのようなやり取りがありましたか」
質問を具体化することで、供述の精度が上がります。
5. 判断理由を記録する
最後に、判断理由を記録します。
どの事実を認定したのか。
どの事実は認定できなかったのか。
どの供述を重視したのか。
どの客観資料と整合していたのか。
どの点については確認できなかったのか。
なぜそのように判断したのか。
結論だけを残すのではなく、判断過程を残すことが重要です。
判断理由が記録されていないと、後から説明が難しくなります。
判断不能と調査不足は違う
調査を尽くしても、認定できない場合はあります。
たとえば、かなり前の出来事で記録が残っていない。
目撃者がいない。
当事者の供述以外に確認資料がない。
重要部分について供述が食い違ったままになっている。
このような場合、会社として「認定できない」と整理することがあります。
ただし、ここで大切なのは、判断不能と調査不足は違うということです。
やるべきことをやったのか。
最後はこの一言に尽きます。
必要なヒアリングをしたか。
客観資料を確認したか。
証拠保全を行ったか。
供述の一致点と相違点を整理したか。
再確認すべき点を確認したか。
判断理由を記録したか。
これらを尽くしたうえで認定できないのか。
それとも、確認すべきことを確認しないまま「分からない」としているのか。
ここは大きく違います。
認定できないこと自体が問題なのではありません。
調査不足のまま認定不能にしてしまうことが問題です。
まとめ
ハラスメント調査で供述が食い違うことは珍しくありません。
むしろ、調査では前提として考えるべき状況です。
供述が食い違ったときに大切なのは、強い訴え、落ち着いた否認、態度、人数だけで判断しないことです。
会社は、供述の一貫性、具体性、合理性を確認します。
そのうえで、一致している部分、食い違っている部分、客観資料で確認できる部分、追加確認が必要な部分、認定できない部分を分けて整理します。
判断不能と調査不足は違います。
調査を尽くしても認定できない場合はあります。
しかし、必要な確認をしないまま「分からない」とすることは避けるべきです。
供述の強さではなく構造を見る。
感情と事実を分ける。
説明できる判断をする。
この三つが、供述が食い違うハラスメント調査で会社が持つべき視点です。
関連記事
→供述が食い違うときの事実認定|社内調査で会社が確認すべき判断軸
ハラスメント調査の判断に迷う場合
ハラスメント調査では、供述が食い違う場面が少なくありません。
特に、次のような場合は、早めに調査方針と判断方法を整理しておくことが重要です。
申告者と相手方の供述が大きく食い違っている場合。
証拠が少なく、供述評価が中心になる場合。
複数の関係者の供述があるが、どこまで信用できるか迷う場合。
認定不能とすべきか判断に迷う場合。
懲戒処分や配置転換を検討している場合。
判断理由をどのように記録すべきか迷っている場合。
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